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名古屋地方裁判所 昭和49年(ワ)1111号 判決 1983年9月30日

原告

有限会社かみたに

右代表者

上谷峯幸

右訴訟代理人

大脇保彦

太田耕治

渡邉一平

被告

中部電力株式会社

右代表者

加藤乙三郎

右訴訟代理人

片山欽司

草野勝彦

入谷正章

主文

一  原告の各請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一養魚感電死事故

1  <証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  被告は、電気事業を行なうものである(この点につき当事者間に争いはない。)ところ、右事業の一環として、岐阜県吉城郡上宝村大字見座所在の見座変電所から新穂高温泉まで電圧六、六〇〇ボルトの配電線(上宝線)を設備し、右配電線に非接地式三相三線式(R相・S相・T相よりなる)配電方式を採用していた。右上宝線には線に事故が生じた場合に、事故の拡大を防ぎ配電線を保護する目的で、見座変電所の油入遮断器(OCB)を自動的に開放(停電のこと、なおOCBの動作回数はOCB本体に附属する動作カウンターに自動的に表示される。)する保護装置として、短絡保護を目的とする短絡過電流継電器(OCリレー)及び地絡保護を目的とする地絡過電圧継電器(OVGリレー)が設置されていた。即ち、上宝線がどこかで混触した場合にはOCリレーが作動し瞬時にOCBを開放するとともに、OCリレーのターゲットが作動し、どの相が混触したかを自動表示し、また上宝線がどこかで直接接地し、もしくは樹木等の物体と接触することにより大地に電流が流れた場合にはOVGリレーが作動し瞬時にOCBを開放するとともに、接地電圧計のデマンド・メーター(最大指示計)が作動し、接地電圧の大きさが表示されることとなつていた。

(二)  上宝線は、本件養魚場附近においては、電柱番号421、同531、同631、同741、同742、同851の順に並ぶ高さ約一〇メートルの電柱(以下「電柱421」のようにいう。)で保持され、電柱421、同531、同631は南から北にほぼ一線に並び、電柱421と同531の距離は一一四メートル、電柱531と同631のそれは六一メートルであり、電柱741は同631から見て八七メートル北東方向、約一五メートルほどの低地に位置し、電柱741、同742、同851は南から北にほぼ一線に並び、電柱741と同742の距離は四五メートル、電柱742と同851のそれは五五メートルであつた。上宝線の三本の配電線は右各電柱上の腕金によつて地面に水平に三本平行に配列され、各配電線間の間隔は電柱631上では各0.7メートル、同741及び同742上では西側の一線と中央の一線の間が0.4メートル、中央の一線と東側の一線との間が1.0メートルであり、各電柱間の配電線のたるみは電柱631と同741の間が約1.4メートル、同741と同742の間は0.4メートルであつた。なお本件養魚場の一号池は電柱741の南方約二五〇メートルほどの場所に(ホテル佳留萱の建物を間にはさんで)位置し、二ないし四号池は順次その南側に位置していた。

(三)  昭和四九年二月九日午前九時三〇分頃、電柱742のほぼ西方向から東方に向け幅約一三〇メートルほどの雪崩(以下「本件雪崩」という。)があり、電柱742と同741は根元から折れ、同742は東側に、同741は北側にそれぞれ倒れ、同631は地面から約六メートルの個所で折れて上部は北東方向に飛んで落ち、同531は約一二度程北方へ傾斜した。なおその際切断されたり電柱からはずれた配電線はなかつた。右雪崩による電柱倒壊により、右三本の配電線のうちR相とT相の二本が混触し、同時刻頃前記見座変電所のOCリレーが作動し、OCBが開放され、上宝線全線が送電停止となつた。なおOVGリレーは0.86アンペア以上の電流が大地(雪)に流出した場合に作動するが、同時刻頃に同変電所のOVGリレーは作動しなかつた。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  <証拠>によれば、昭和四九年二月九日、本件養魚場の一号池内の原告所有にかかる約二三〇〇匹の大鯉のうち約半数が、同二号池内の小鯉のうち約三分の二が、同三号池内の大鯉のうち約一〇〇匹がそれぞれ死亡し、右各池内の残りの鯉もその後半月ないし一カ月以内にほとんど死亡した事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

3  右認定の各事実に基づき、右電柱の倒壊ないし折損により配電線から本件養魚場(一ないし三号池)に鯉を感電死せしめるに足る電流が流出したか否かを判断する。

(一)  前示のとおり配電線が空中で混触した場合には見座変電所におけるOCリレーが作動し、瞬時にOCBを開放し、上宝線は送電停止となること明らかである。従つてそれ以後右配電線が大地と接触したとしても大地に電流は流出することはないものといわねばならない。そこで本件雪崩によつて電柱631、同741、同742が折損もしくは倒壊した際、右各電柱間の配電線が空中で混触する可能性につき検討する。

前示の本件雪崩の方向及び電柱742、同741の倒壊、同631の折損の状況、配電線が切断されなかつた事実を総合すると、本件雪崩によつてまず電柱742が東方向への圧力を受けて倒壊し、次いで同741が雪崩の圧力及び同742の倒壊による配電線の引つ張りにより北方向へ倒壊し、次いで同631が同741の倒壊による配電線の引つ張りにより上部が折損して北東方向へ落下したものと推認される。即ち電柱742、同741、同631はわずかながら時間差のあるそれぞれ別方向への力を受けて倒壊ないし折損したものと推認される。そして右事実及び前示の電柱742、同741、同631の位置関係、右各電柱間の配電線における三線の間隔、右各線のたるみの程度、並びに<証拠>を総合すると、電注742、同741、同631が倒壊または折損した際、右各電柱間の配電線が大地(雪)接触前に空中で接触する可能性は極めて高いものと考えられる。右配電線の空中での混触はなかつた旨の鑑定の結果(以下「黒木鑑定」という。)及び証人黒木敏郎の証言は、電柱742、同741が同時に平行して倒れたとの事実及び同741と同631とが同一平面上にあつたとの事実(いずれも前記認定事実に反する)を前提にしている点においてきわかには採用し難い。

(二)  しかしながら、地上混触の可能性も否定することはできないのでこの点についてさらに検討してみるに、<証拠>によれば、一線が大地(雪)に接触後雪中において他の二線と混触するまでの間大地に電流が流出することが認められるところ、その際の電流の流出時間は前示の配電線三線の間隔、電柱742、同741、同631の倒壊、折損の状況、林鑑定及び証人林宗明の証言並びに本件雪崩の速度を表層秒速5.1メートルとする黒木鑑定を総合すると、約0.27秒程度であつたものと推認され、また右の際の大地(雪)への流出電流の大きさは、<証拠>を総合すると、約0.68アンペア程度であつたものと推認される。

この点について、黒木鑑定は、電流の流出時間を約五秒とし、地絡電流の大きさを約1.2アンペアと結論づけているが、右は林鑑定、証人林宗明の証言及び前示のとおり0.86アンペアの電流が一秒間大地に流れた場合に作動する見座発電所のOVGリレーが作動していない事実と対比してにわかには採用し難い。

(三)  次に、仮に配電線から大地(雪)に右のような電流の流出があつた場合、本件養魚場にどの程度の電流が流れるかについて判断するに、<証拠>を総合すると、前記約0.68アンペアの地絡電流のうち変電所の方向(即ち本件養魚場方向)に流れる電流は約0.56アンペアであり、地絡点から約二五〇メートル離れた本件養魚場へ流れる電流は一平方センチメートル当り一〇〇万分の1.7ミリアンペア程度である。そして右電流の魚体への影響は、通常一ミリアンペアが人の感覚で検知できる最少電流値でありこの程度の電流が魚体に流入すれば魚の麻痺が生ずるとされており、その一〇〇分の一程度の電流では魚になんらの影響がないことが認められる。これらの点からすると一平方センチメートル当り一〇〇万分の一ミリアンペア程度の電流が、0.27秒間流出したとしても魚体にはなんらの影響を与えるものではないものと認めるのが相当である。

本件養魚場に流れた電流の大きさが1.2アンペアであるとする黒木鑑定は、大地に流出した電流が本件養魚場に流入する経路、流入量につき、右林鑑定及び証人林宗明の証言と対比して合理性を欠くものであり、にわかには採用し難い。他に原告主張の事実を認めるに足る証拠はない。

(四)  なお、配電線が家庭用又は業務用配線に接触し、右配線を経由して電流が本件養魚場に流入したとの事実については、これを認めるに足る証拠はない。

4  よつて、原告の養魚感電死事故に関する主張は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

二停電事故について

1  被告が電気事業を行なうものであること、原告との間に電気供給契約を締結し、右契約に基づき原告に対して継続的に電気を供給すべき義務を負つていることについては当事者間に争いはない。

2  そこで、昭和四八年九月二五日午前〇時一五分頃被告が原告に対し約五秒間程度送電を停止した旨の原告の主張につき判断するに、<証拠>によれば、本件養魚場附近に位置し上宝線から電気の供給を受けている旅館双方荘の一室において、昭和四八年九月二五日午前〇時過ぎ頃、電燈が瞬間的に消燈し、また点燈した事実が認められ、<証拠>によれば、同月二五日もしくは同月二六日の午前〇時過ぎ頃、本件養魚場附近に位置し上宝線から電気の供給を受けている温泉の湯元のポンプのスイッチが切れた事実が認められ、また<証拠>によれば、同月二五日午前四時頃、本件養魚場の各池の水車の電源スチッチがすべて切れていたこと、右スイッチは停電の際には切れ、その後送電されても人為的に入れられるまで切れたままであることが認められる。しかしながら、右各事実からは、以下に認定する事実に照らして、直ちに原告主張にかかる停電の事実を推認することはできない。

即ち、<証拠>を総合すると、被告に起因する本件養魚場の停電原因としては、(1)配電線の短絡もしくは地絡によりOCリレーもしくはOVGリレーが作動し、見座変電所のOCBが開放され、上宝線全線が停電する場合、(2)上宝線上の区分開閉器が開放され、見座変電所から見て当該区分開閉器の以遠部が停電する場合、(3)電圧動揺が生じた場合、(4)工事停電の場合、の四つの場合が考えられるところ、(1)については、OCBが作動した場合はOCB附属動作カウンターに作動の記録が残るシステムになつているところ、原告主張の日時頃にOCBが作動した記録はなく、またOCBが開放された場合には、一分後に再びOCBが投入されて事故(短絡もしくは地絡)区間まで送電され、そこで再度OCBが開放されて停電となり、二分三〇秒後に再び事故区間の手前まで送電されるシステムになつているため、五秒程度の停電はありえないこと、(2)については、故障区間(区分開閉器が開放された区間)以遠の自動復帰は不可能であり、人為的に修理を加えなければならないが、原告主張の日時頃に右の修理を為した事実は認められないこと、(3)については、電圧動揺の事実は認められないこと、(4)については、上宝線のような高圧配電線における工事停電は、電線張換えの場合と電柱取換えの二つの場合であるが、いずれについても五秒程度の停電ということはありえず、また原告主張の日時頃工事のために送電を停止した事実は認められないこと、以上の事実が認められる。<証拠>によると、本件養魚場においては昭和四七年八月二二日以降同五〇年一〇月八日までの間に、水車モーターの故障による停電等専ら需要者である原告会社の養魚場の設備不良に基づく停電事故が一〇件発生した事実が認められる。

右認定の各事実に照らすと、原告主張のような停電事故があつたかどうか、仮にあつたとしても、それが被告の帰責原因に基づくものであつたかどうかをを積極的に肯認することは困難であるといわねばならない。ほかに右主張事実を認めるに足る証拠はない。

よつて、原告の停電事故に関する主張は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

三以上の次第で、原告の各請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(加藤義則 谷口伸夫 松本健児)

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